「彫刻刀で彫るように」
チェロその他擦弦楽器での重要奏法は、弦と弓毛の間の摩擦力を捉えて弾くものだろう。
私はそれを舘野英司先生から「彫刻刀で彫るように」という言い方で教わった。それはたとえば木材を彫刻刀で彫る時や鋸で切るときに、うまく手ごたえを感じながら彫ったり切ったりできる時に、うまく彫ったり切ったりできるのと似ている。弦と弓の毛の間で充実感を感じながら弓を動かして弦を弾く。身体感覚は、傘の先で物をつついたときなどに傘の先において物の柔らかさなどが感じられることから、道具を伝って体の外に伸びると言われることがあるが、弦楽器も同じで弦との接触点である弓の毛まで身体感覚を伸ばすことで、弦との摩擦力を捉えられる。また、「彫刻刀で彫るように」とは、弦を深く掘る、ような立体感を想像して弾くことでもある。
つまり、つぎのようにして弾く。
・弦との接触点を考慮する
・接触点である弓の毛を意識する
・弦と毛の間の摩擦力を捉える
・立体感を想像して弾く
・その際には毛の部分で手ごたえ、充実感が感じられる
次に、メロディーに応じて左右の手の使い方の組み合わせを変えるというのも重要である。原理的には、右手は、
1.弦に対する圧力、
2.弓のスピード、
3.上記の弦と弓毛のあいだの摩擦力を捉える程度の違い、
4.駒に近づけるかなど弦の中の弾く位置、
5.弓を傾け弦との接触を減らすかどうか、
左手は、
1.ビブラートの振幅、
2.ビブラートの、スピード(振幅ゼロ、スピードゼロつまりノンビブラートも含む)、
3.弦を押さえる強さ、
といったパラメーター的要素が左右の手にいくつかずつあり、これらの、
1.左右手各々の中での組み合わせ、
2.左右手同士の間での組み合わせ、
が作れる。
「彫刻刀で彫るように」という右手の奏法が、音色に生かされるのは、左手がビブラートの有無を問わず、弦に、指先に意識を集中させて指先をしっかりと強めに密着させ、ビブラートをかける場合にはぐりぐりかけるような奏法、を取ったときであろう。音色が良くなるのはビブラートを沢山かけることによるのではなく、左手指を弦に密着させて弾くかどうかによっている。